阿部寛の父親は、華やかなメディアの世界とは対極にある工業用エンジニアの世界で生きてきた人物だった。寡黙で手先が器用、理不尽な妥協を嫌う生粋の職人。家の中でも多くを語らず、背中で生き様を示すタイプの父親だったという。
若き日の阿部寛がモデルブームの波に乗り、その後俳優としての伸び悩みに苦しんでいた時期、救いとなったのは父の教えだった。「目立つ仕事であっても、地道な準備と基本の繰り返しがすべてだ」。技術者として一歩ずつ精度を高める父のストイックな姿勢は、華麗な芸能界で浮かれそうになる息子の足元を静かに支え続けた。
芸能界の華やかさに流されず、現場第一主義を貫く姿勢。それはエンジニアの父から受け継いだ遺伝子そのものだと言えるだろう。芸能人家族史を紐解くと、彼の圧倒的なプロフェッショナリズムの根底には、いつも技術者である父への敬意が存在している。