破竹の快進撃を続ける一方で、巨大化する商業的成功はメンバー間の音楽的指向にわずかなズレを生じさせていく。ロックバンドとしてのアイデンティティを純粋に追求したい思いと、歌謡曲やエンターテインメントの第一線で求められる役割。当時の日本の音楽業界が抱えていた商業主義との摩擦は、徐々にバンドの歯車を狂わせていった。
1986年の田中昌之脱退を皮切りに、バンドはメンバーチェンジを重ね、やがてグループ名や活動形態をめぐる複雑な経緯を辿ることとなる。声帯のトラブルや個々のソロ活動など、各人が歩んだ道は決して平坦ではなかった。しかし、袂を分かつことになった背景には、互いの才能を認め合いながらも、アーティストとして己の美学を貫こうとした純粋すぎる情熱があったことは疑いようがない。