結論から申し上げますと、福沢諭吉の出生地は「大阪府(大坂)」であり、出身地(故郷)は「大分県中津市」です。この2つの地名が混同される理由は、当時の武士階級特有の勤務形態と、生後間もなく見舞われた家庭の悲劇に起因しています。
福沢諭吉は天保5年12月12日(新暦1835年1月10日)、摂津国大坂堂島(現在の大阪市福島区福島1丁目)にあった中津藩蔵屋敷で生を受けました。父・福澤百助は豊前国中津藩(現在の大分県中津市)の下級武士であり、藩の財政や米の売買を管理する役目(勘定方)として大坂の蔵屋敷に赴任していました。諭吉という名は、彼が生まれた夜に父親が中国の貴重な歴史書『尚書古今文集』を手に入れた喜びから名付けられたと伝えられています。
しかし、諭吉がわずか1歳6ヶ月(数え年で3歳)のとき、父・百助が44歳の若さで急死します。藩の蔵屋敷を管理する大黒柱を失った母・お順は、諭吉を含む5人の幼子を連れて、本国である大分県中津市へと帰郷せざるを得なくなりました。以後、19歳で長崎へ遊学するまでの多感な少年期を中津で過ごしたため、歴史的・一般的には「大分県中津市出身」と表記されるケースが定着しています。