小林正樹は1943年1月21日生まれ、長崎県出身です。地元の音楽シーンで活動していた若手ミュージシャンたちが集まり、1967年にリーダーの内山田洋を中心に結成されたのが「内山田洋とクール・ファイブ」でした。小林正樹はその創設期から参加したオリジナルメンバーのひとりです。
長崎市内の有名グランドキャバレー「銀嶺」の専属バンドとして腕を磨いていた彼らは、ジャズやラテン、アメリカン・ポップスのエッセンスを取り入れた洗練されたアレンジで瞬く間に頭角を現します。1969年2月、シングル『長崎は今日も雨だった』でメジャーデビューを果たすと、瞬く間にミリオンセラーを記録。同年の「第11回日本レコード大賞」新人賞を受賞し、NHK紅白歌合戦への初出場を果たしました。
その後も『逢わずに愛して』『噂の女』、そして1972年の『そして、神戸』、1976年の『東京砂漠』など、日本の音楽史に残る特大ヒットを連発。グループが国民的人気を獲得する中で、小林正樹はエレキベースの演奏とコーラスアレンジの要として、バンドの屋台骨を一貫して支え続けました。