一方で、ドラマ放送中から現在に至るまで、メディアは石田ゆり子を「奇跡のアラフィフ」「美魔女」といった刺激的なワードで祭り上げてきました。しかし、ネット上のリアルな口コミや熱心なファンの考察を追っていくと、そうした過剰なルッキズム的賛美に対する違和感の声も根強く存在します。
「若く見えるから素晴らしいのではない。百合ちゃんの魅力は、年齢相応の悩みや弱さを抱えながら、他者への優しさを失わない精神性にあるはずだ」
掲示板やSNSでは、このような本質を突いた指摘が数多く投稿されています。実際に劇中でも、百合ちゃんは決して無敵のスーパーウーマンとしては描かれていません。仕事帰りに一人で飲むビールの切なさ、夜中に突然襲ってくる将来への不安、婦人科検診で子宮筋腫が見つかったときの狼狽など、生身の女性としての揺らぎが丹念に描かれていました。
「独身貴族だから綺麗でいられる」「お金があるからできること」といった冷ややかな批判を跳ね除けたのは、百合ちゃんが見せた「自分の人生を自分で引き受ける孤独な覚悟」でした。「若見え」という外見的価値だけで彼女を語ることは、劇中で百合ちゃん自身が激しく抵抗した「呪い」を再び彼女に浴びせることと同義なのです。