将棋界において、今なお最大の関心事として語り継がれているのが「羽生善治のタイトル通算100期達成はなるのか」という命題です。1996年に七冠独占を達成し、2017年の第30期竜王戦で通算7期目となる竜王を奪取して「永世七冠」という歴史上誰も足を踏み入れたことのない高みに到達。この時点でタイトル獲得数は「99期」に達しました。
「あと1期」で前人未到の大台――関係者もファンも、100期達成は時間の問題だと確信していました。しかし、そこから将棋の神様は過酷な試練を与えます。2018年、棋聖戦で豊島将之に敗れて失冠すると、同年末の竜王戦七番勝負で広瀬章人挑戦者にフルセットの末に敗北。27年ぶりの「無冠」へ転落することとなりました。
対局現場を取材してきたベテラン記者によると、当時の控え室には異様な静けさが漂っていたといいます。終局後の記者会見で羽生九段が語った「結果が出なかったのは実力不足。またゼロから挑戦していきたい」という淡々とした口調の裏に、トップを走り続けてきた勝負師の深い孤独が滲んでいました。
その後も2020年の竜王戦(対豊島将之)、2023年の王将戦七番勝負(対藤井聡太)と、節目の大舞台で100期への挑戦権を掴み取りました。特に2023年の王将戦は「世紀の天才対決」として列島を沸かせ、羽生九段は最新鋭のAI研究を自身の経験と融合させた独自の工夫で2勝を奪うなど、50代を迎えてなお進化する姿を見せつけました。100期に届かない現状は衰えではなく、現代将棋の超高速化と研究の深化、そして藤井聡太という歴史上最強のストッパーの存在によるものです。