多くのファンやメディアが驚きをもって受け止めたのが、マークパンサーの大分県別府市への生活拠点移転でした。きらびやかな東京のクラブカルチャーや芸能界の中枢に身を置いてきた彼が、なぜ大分を選んだのでしょうか。その背景には、単なる田舎暮らしへの憧れではない、極めて現実的かつ情義に厚い理由が存在します。
最大の転機となったのは、globeのボーカルであり、長年苦楽を共にしてきたKEIKOの存在です。2011年にくも膜下出血で倒れ、リハビリ生活に入ったKEIKOは、療養と静養のために故郷である大分県臼杵市や別府市近郊で生活を送ってきました。マークパンサーは、東京から見守るだけでなく「最も身近な場所で支え、再び彼女が笑顔で声を出せる居場所を作りたい」という一途な思いを抱き続けていたことが、当時の特番インタビューや地元メディアの取材でも明かされています。
その証拠に、大分移住後のマークパンサーは、OBS大分放送のラジオ番組『JOY TO THE OITA+』を立ち上げ、KEIKOをレギュラーゲストやパーソナリティとして招き入れました。メディアの過剰な詮索から彼女を守りつつ、自然体でトークができる空間を泥臭く作り上げたのです。さらに大分の豊かな自然、温泉文化、食のポテンシャルに深く惚れ込んだ彼は、別府市ツーリズム別府大使や大分空港の宇宙港プロジェクトアンバサダーにも就任。現在は「大分・東京・海外」を行き来する多拠点生活を実践し、地方創生のロールモデルとして各自治体からも熱烈な視線を浴びています。