クヒオ大佐の知名度を決定づけたのは、ジャーナリスト・吉田和正氏が綿密な取材に基づいて書き上げたノンフィクション『結婚詐欺師 クヒオ大佐』であり、これを原案として2009年に公開された映画『クヒオ大佐』(監督:吉田大八)でした。
本作で稀代の詐欺師を演じたのは名優・堺雅人氏です。映画の中のクヒオ大佐は、軍服に勲章を誇らしげに付け、どこか浮世離れした哀愁とコミカルさを漂わせる人物として描かれました。松雪泰子氏が演じた弁当屋の女社長・しのぶが、クヒオに貢ぐために会社の運転資金にまで手を付けて追い詰められていく姿や、満島ひかり氏が演じた博物館の学芸員との心理戦は、観客に強烈な印象を与えました。
しかし、スクリーンの描いた「どこか憎めないピエロのような詐欺師」と、現実の鈴木和弘には決定的な乖離が存在します。公判資料や当時の担当弁護士、被害女性たちの回想によれば、本物の鈴木和弘は極めて冷酷で計算高い一面を持っていました。
現実の鈴木は、金銭を絞り尽くして利用価値がなくなった女性に対しては、突如として音信不通になるだけでなく、「軍の機密保持違反で逮捕されるぞ」「お前の親兄弟にも迷惑がかかる」と威圧的な脅迫めいた言葉を浴びせて口封じを図るなど、情け容赦のない行動を取っていました。映画が放つシニカルなユーモアの裏側には、被害女性たちの人生を修復不可能なレベルまで徹底的に破壊した、現実の犯罪者としての生々しい残酷さが横たわっています。