「クエン酸を念入りに吹きかけて放置したのに、水で流して乾いたら全く変わっていなかった」という不満の声は、家事相談サイトやSNSの投稿でも後を絶ちません。お風呂の鏡の水垢落としにクエン酸が効くという言説は広く定着していますが、すべての水垢に万能というわけではありません。汚れが落ちない最大の理由は、浴室鏡の白いモヤモヤの原因が単一の物質ではない点にあります。
水道水に含まれるミネラル分由来のスケールには、大きく分けて2つの系統が存在します。
ひとつは、カルシウムやマグネシウムが炭酸や酸素と結合した「炭酸カルシウム」系のアルカリ性スケールです。これは酸に触れると中和反応を起こして容易に水へと溶け出すため、濃度2.5〜5%程度のクエン酸水で十分に分解できます。
問題となるもうひとつの汚れが、二酸化ケイ素を主体とする「ケイ酸塩(シリカ)スケール」です。東京都水道局をはじめとする各自治体の水質分析データによれば、日本の水道水には1Lあたり約10〜30mg前後のケイ素成分(シリカ)が含まれています。水分が蒸発を繰り返す過程で、ガラス(主成分:二酸化ケイ素)の表面と鏡のシリカ成分が化学的な親和性によって強固に結合し、一体化するようにガラス化・結晶化していきます。このケイ酸塩スケールは、弱酸であるクエン酸では化学結合を切断できません。これこそが、クエン酸で鏡の水垢が落ちない理由の核心です。
さらに、毎日の入浴で飛び散る皮脂やシャンプー、ボディソープの脂肪酸と水道水のカルシウムが反応して生じる「金属石鹸(石鹸カス)」が鏡の表面を油膜のように覆っているケースもあります。石鹸カス自体は酸性の性質を帯びているため、酸性であるクエン酸をそのまま浴びせても弾かれてしまい、奥にある水垢まで有効成分が到達できません。「酸で溶けない汚れ」または「油膜バリアに阻まれている状態」のどちらかである場合、単純なクエン酸塗布だけでは効果を発揮できないのです。