松竹映画『男はつらいよ』公式資料および第1作の記録によると、物語は「フーテンの寅」こと車寅次郎が、約20年ぶりに故郷の葛飾柴又へ戻ってきたところから幕を開けます。映画館のスクリーンに映し出される寅次郎は陽気な江戸っ子そのものですが、その足跡を丁寧に追うと、驚くほど過酷で複雑な生い立ちが浮かび上がってきます。
寅次郎は、柴又の団子屋「とらや(のちにくるまや)」を営んでいた父・車平造が、芸者であった菊(ミヤコ蝶々)との間に成した私生児(庶子)です。正妻の子ではなく、生後まもなく平造の家に引き取られたという経緯を持ちます。そのため、最愛の妹である車さくら(倍賞千恵子)とは腹違いの異母兄妹という関係性にあります。中学生の多感な時期、実父・平造との激しい口論から家出を決行し、そのまま20年近く消息を絶つことになった根本的な要因には、自らの出生に対する居心地の悪さと、実母不在の欠落感がありました。
20年ぶりの柴又帰郷後、寅次郎を迎えたのは叔父の竜造(おいちゃん)、叔母のつね(おばちゃん)、そして大人に成長していたさくらでした。父と本妻が既に他界していた中、親族が営むだんご屋「とらや」は、寅次郎にとって唯一の帰港地となります。のちにさくらは印刷工の諏訪博(前田吟)と結婚し、長男・満男(吉岡秀隆)が誕生。寅次郎を取り巻く家族構成は、近代的な核家族とは一線を画す、下町の相互扶助に支えられたコミュニティとして機能していきました。
心理学的な見地から分析すると、寅次郎が妹・さくらに対して向ける献身的な愛情は、血の繋がりを超えた「絶対的な承認への希求」と表裏一体です。自分を唯一「本当のお兄ちゃん」として無条件に受け入れてくれるさくらの存在こそが、社会の周縁で生きる寅次郎の精神的な錨となっていました。