芥川賞受賞から現在に至るまで、読者の間では「なぜ『蹴りたい背中』は実写映画化やドラマ化がされないのか?」という疑問が度々取り沙汰されてきました。同時期に受賞した金原ひとみ氏の『蛇にピアス』が蜷川幸雄監督によって映画化(吉高由里子主演)され大ヒットを記録したことと対比され、様々な憶測を呼んでいます。
業界関係者の証言や文芸評論の知見を総合すると、映像化が実現しない最大の障壁は、「本作の魅力の9割がハツの鋭利な一人称モノローグ(内面描写)で成り立っている」という構造的制約にあります。
本作には、劇的な事件や派手なアクション、わかりやすい三角関係などの「映像的見どころ」となるプロットはほとんどありません。物語を牽引しているのは、「余り者」としてのハツが教室の床の冷たさを感じ取る触覚や、にな川の背骨の歪みを観察する視線の執拗さといった、極めて微細な身体感覚の言語化です。これを実写映像に変換しようとすると、単なる「地味なオタクと暗い女子の学園ドラマ」に矮小化されてしまうリスクが極めて高く、原作者サイドや制作陣が映像化に対して慎重な姿勢を崩さない理由となっています。