現代のインターネット上や一部の歴史コミュニティでは、「前島密は官営独占を進め、民間の飛脚業者を強権的に排除したのではないか」という批判的な言説が散見されます。しかし、一次史料を精査すると、この見方は歴史的事実の文脈を見誤っていることが分かります。
当時、前島が推し進めた郵便制度改革は、単なる民間の締め出しではありませんでした。旧来の飛脚問屋の幹部たちを説得し、彼らの物流ノウハウや人的ネットワークを活かす形で「陸運元会社」(後の日本通運の母体)を設立させたのが前島自身です。つまり、既存の民間業者を敵として淘汰するのではなく、国営の郵便事業と民間の貨物輸送事業を棲み分けさせ、近代的な運送会社へとアップデートさせる協調策をとったのです。
また、郵便局を全国に急拡大する際、地域の豪農や名望家に局舎の建設費や運営を委託する「特定郵便局制度(名望家制度)」を考案したのも前島の画期的なアイデアでした。限られた国家予算の中で、地方の有力者の社会的名誉と協力を引き出すことで、世界でも類を見ない超短期間での全国ネットワーク網構築を成功させたのです。