ネットやテレビ番組で「江戸時代の鮮明なカラー写真」を目にして驚いた経験がある読者も多いはずです。しかし、カラーフィルム(天然色写真)が実用化されるのは20世紀に入ってからのこと。幕末に撮影されたカラー写真の正体は、モノクロの湿板写真プリントの上に、職人が一筆ずつ水彩絵の具を塗り重ねた「手彩色写真(ハンドカラー写真)」です。
この手彩色写真を芸術の域にまで高めた立役者が、イタリア出身の写真家フェリーチェ・ベアト(Felice Beato)と、日本最初の商業写真家の一人である下岡蓮杖(しもおか・れんじょう)、そして長崎で写真館を開いた上野彦馬(うえの・ひこま)たちでした。
1863年(文久3年)に横浜へ拠点を構えたベアトは、浮世絵の木版摺りや肉筆画で培われた日本の絵付職人の卓越した技術に着目しました。白黒でプリントした鶏卵紙(卵白を用いた印画紙)の上に、着物の柄、武士の裃(かみしも)、肌の血色、紅などを細い筆で緻密に彩色させました。その発色の美しさと保存性の高さから、現在でも「Yokohama Photo(横浜写真)」として世界中のコレクターから絶賛されています。
単なる機械的な記録にとどまらず、日本の伝統的な色彩感覚が融合した手彩色写真は、欧米へのお土産品(スーベニア写真)として爆発的な人気を博しました。現代の私たちが目にする鮮やかな江戸の町や人々の姿は、当時の最先端光学技術と江戸職人の手技が結実したハイブリッドな美術品なのです。