三波春夫と大阪万博の熱狂はなぜ起きた?名曲誕生の真相を徹底解説

三波春夫と大阪万博の熱狂はなぜ起きた?名曲誕生の真相を徹底解説

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1970年3月15日から9月13日までの183日間にわたって開催された日本万国博覧会は、名実ともに戦後日本の奇跡的な復興と経済成長を世界へ誇示する一大国家プロジェクトであった。新幹線が走り、カラーテレビが普及し、人々の生活様式が劇的な近代化を遂げる只中で、国民全体の高揚感を象徴するサウンドトラックが渇望されていた。

テーマソング『世界の国からこんにちは』の誕生プロセスは、官民を挙げた威信の結晶そのものだった。財団法人日本万国博覧会協会が一般公募を行い、全国から寄せられた1万3195通の中から選ばれたのが、島田陽子による「こんにちは こんにちは 日の出の国で」という極めて簡潔かつ祝祭感に満ちた歌詞である。これに曲をつけたのが、『上を向いて歩こう』『こんにちは赤ちゃん』で世界的な成功を収めていた昭和の天才作曲家・中村八大だった。

当時、日本レコード協会加盟のレコード会社各社が協調し、同一楽曲を専属歌手たちが歌い分けるという前代未聞のプロジェクトが始動する。東芝、ビクター、コロムビア、テイチク、クラウン、キング、ミノルフォン、フィリップスなど、名だたるレーベルが総力を結集。その競作陣には、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった坂本九をはじめ、吉永小百合、西郷輝彦、弘田三枝子、山本リンダといった若者層に絶大な人気を誇るポップス・歌謡界のトップアイドルたちが名を連ねていた。

しかし、万博が開幕し、いざ蓋を開けてみると、全国津々浦々、老若男女の耳を捉えて離さなかったのは、着物姿に凛とした立ち姿、そして全身から発光するかのような笑顔で歌い上げる三波春夫の歌声であった。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。