長年、文学ファンの間では「辻邦生の息子の現在はどうなっているのか」「父親の著作権や書庫を管理しているのではないか」といった噂が都市伝説のように語られることがありました。しかし、入念な文献調査と史実の確認によれば、辻邦生と妻の間に子供は誕生していません。
なぜ「息子」という噂が独り歩きしたのでしょうか。ひとつには、同じ「辻」の姓を持つ作家・辻仁成氏など、他の現代文学者との混同が生じた可能性が指摘されています。また、彼が大学で教鞭を執っていた時代の教え子たちや若い研究者らを実の子のように可愛がり、学問的・文学的な指導を行ったことから、精神的な「息子たち」という比喩表現がいつしか一人歩きしたと考えられます。実の息子は存在しないものの、彼が残した美学は多くの後学へと脈々と受け継がれています。