高知県宿毛市に生まれた彼の幼少期は、試練とともに始まった。ペルテス病という大腿骨頭の難病を患い、幼い身体で長期の入院生活や器具を装着したリハビリ生活を余儀なくされたのだ。自由に身体を動かせないもどかしさ。その暗闇の中で光となったのが、ラジオから流れる音楽だった。
中学時代に吹奏楽部でサックスを手にしたことをきっかけに、音楽の才能が開花する。高校時代に声楽の指導者と出会い、その声の特異性と才能を見出されたことで転機が訪れた。その後、名門・国立音楽大学声楽科へと進学。在学中からその圧倒的な声量と音域の広さは群を抜いており、フランスへの留学を経て国際的な評価を確定させることとなる。