「ベトナムの民族衣装=女性用アオザイ」という固定観念は、諸外国に向けた観光プロモーションや航空会社の制服イメージによって定着した一面的な認識に過ぎません。実際には、ベトナム民族衣装の種類一覧を概観するだけでも、気候風土と生業の形態によって全く異なる発展を遂げた装飾文化の層の厚さに圧倒されます。
平野部で水稲耕作を中心に発展したマジョリティであるキン族の象徴がアオザイであるのに対し、南部メコンデルタの農民や漁民の間で日常着として定着したのは南ベトナム伝統衣装アオババ(Áo bà ba)です。シルクや薄手の綿で作られるノーカラーの前開きシャツで、大きなポケットとゆったりしたシルエットが特徴であり、泥や水しぶきに晒される過酷な労働環境から生まれた機能美の極致と称されています。
一方、中国やラオスと国境を接する北部山岳地帯では、ベトナム少数民族の衣装が独自の色彩美を放っています。ヘンプ(大麻布)を手織りし、藍で幾度も染め重ねた上に極小のクロスステッチを施すモン族、巨大な赤い頭巾と銀装飾で富と既婚の証を示す赤ザオ族、精緻な手織りのタイ族など、その技法は工芸美術の域に達しています。さらに中部から南部沿岸部にかけては、かつてチャンパ王国を築いたチャム族の伝統衣装が、インド文化やイスラム文化の残響を伝える長衣様式を今に伝えています。このように、ベトナム民族衣装の詳細まとめを紐解くことは、そのまま東南アジア大陸部の歴史的交差点としての歩みを追体験することに他なりません。