前澤友作氏が歩んだ教育の軌跡を振り返るとき、避けて通れないのが名門として知られる早稲田実業学校高等部での高校時代だ。多くの生徒が高等部から早稲田大学への内部進学を目指して受験勉強や学校生活に励む中、彼の視線はまったく異なる場所を向いていた。
高校入学後、彼はインディーズバンド活動に心血を注ぐようになる。早朝から深夜までスタジオにこもり、ドラマーとしてリハーサルとライブを重ねる生活。学校の教室は彼にとって学びの場というよりも、バンド資金を稼ぐためのアルバイトと激しい音楽活動で疲弊した身体を休める場所に過ぎなくなっていた。出席日数はぎりぎりまで削られ、成績も低迷。しかし、この時期に培われた「自ら企画し、人を集め、表現する」という熱量こそが、後の実業家としての骨格を形作ったと言っても過言ではない。