茶の湯の世界において、道具の扱いはもてなしを受ける側の教養そのものです。お茶席で主菓子(生菓子)が出された際、黒文字楊枝を美しく使いこなすことは、日本の伝統美を味わう基本作法といえます。
知っておきたい和菓子と茶道マナー
正式な茶席で主菓子をいただく際は、懐紙(かいし)の上に菓子を取り、添えられた黒文字を使って切り分けます。菓子を食べる際の基本手順は以下の通りです。
- 菓子を一口大に切る:黒文字の刃先(削られた平らな面)を斜めにあて、菓子を左手前側から一口大(通常は3〜4等分)に切り離します。
- 一口ずつ刺して口へ運ぶ:切り分けた一片に黒文字を軽く刺し、左手を懐紙に添えながら口元へ運びます。このとき、大口を開けずに上品に味わうのが心得です。
- 使用後の清めと処理:食べ終えたら、黒文字の先端に付着した餡などを懐紙の隅でそっと拭き取ります。使い終わった黒文字は、持ち帰るのが基本マナーとされる場合と、菓子器に戻す流派があるため、正客や亭主の案内に従うのがスマートです。
なお、懐紙に残った黒文字の持ち帰りは「今日のもてなしの香りを自宅まで持ち帰る」という風流な感謝の表現でもあります。
高級楊枝の産地と作り方に宿る職人技
一本の黒文字楊枝ができるまでには、熟練の職人による緻密な手仕事が欠かせません。全国的に知られる一大産地が、千葉県君津市久留里(くるり)地区で作られる伝統工芸品「雨城(うじょう)楊枝」や、島根県の斐川地方です。
良質な楊枝の原料となるのは、山深くで自生する樹齢3〜5年程度の適度な太さを持つ枝です。伐採した枝の水分量を均一に保ちながら陰干しし、職人が専用の小刀(繰小刀)を用いて、1本ずつ手作業で削り出していきます。
削り方の最大の妙技は、「樹皮を美しく残す」点にあります。持ち手部分には野趣あふれる黒斑の樹皮を残し、菓子を刺す先端に向かって三面または四面に鋭く滑らかに削ぎ落とす造形は、機械加工では決して真似できない芸術的な職人技です。1人の職人が1日に削れる本数はせいぜい百数十本程度。手作業で削り出された高級楊枝は、1本あたり100円〜300円前後で取引され、京都の老舗和菓子店や全国の名刹へと納められています。