調査報道の現場や組織コミュニケーションの監査において、近年特に報告が増えているのが、ビジネスチャットや電子メールにおける「主語の取り違え事故」です。「潔しとしない」は自らの内省的意志を表す語であるにもかかわらず、相手への指導や苦言として誤用するケースが後を絶ちません。
たとえば、部下や取引先に対して「納期を守らない姿勢は、潔しとしません」「先方の要求を潔しとしないようにしてください」といった文章を送ってしまう事例です。これを受け取った側は、「なぜ私の行動規範を、あなたが上から目線で品定めしているのか」と強い不快感を抱きます。「潔しとしない」というフレーズ自体に強い道徳的優位性が宿るため、他人に向けた瞬間に「道義的な説教」や「人格批判」へと変質してしまうのです。
また、目上の人物に対して自分の意志を伝える際にも繊細な注意が求められます。「私としては、あのような条件を飲むことは潔しとしません」と役員会議で放つと、たとえ正しい主張であっても「頑迷で協調性に欠ける傲慢な人物」と受け止められる危険が伴います。敬語表現として用いる場合は、「私どもの矜持として受け入れかねます」「誠心誠意の観点から、妥協することは本意ではございません」といった、角を立てずに芯の強さを伝える言い換えを選択するのが賢明なビジネスリテラシーです。