お正月の歌「もういくつねると」に隠された真実と2番の歌詞の謎

お正月の歌「もういくつねると」に隠された真実と2番の歌詞の謎

お正月の歌「もういくつねると」に隠された真実と2番の歌詞の謎にまつわる最新トピックを詳しく紐解きます。

私たちが当たり前のように口ずさむ『お正月』は、1901年(明治34年)7月に共益商社から出版された『幼稚園唱歌』に収録された楽曲です。作詞を手がけたのは東くめ、作曲を担当したのは当時東京音楽学校(現・東京藝術大学)の助教授を務めていた滝廉太郎でした。

当時の日本における学校音楽教育は、明治政府が主導した文部省唱歌が中心でした。しかし、それらの多くは欧米の民謡に無理やり日本語の歌詞を当てはめたものや、難解な漢語・文語体で書かれた硬い教訓歌ばかりでした。子どもたちが日常で使う話し言葉とはかけ離れており、幼い幼児が情緒豊かに歌える作品は皆無に等しい状況だったのです。

この状況に強い危機感を抱いていたのが、東京女子高等師範学校附属幼稚園(現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)で保母(現在の幼稚園教諭)を務めていた東くめでした。くめは「幼い子どもたちが心から喜び、日常の生活感情をそのまま表現できる歌を作りたい」と決意します。その志に共鳴したのが、同じく西洋音楽の模倣から脱却し、日本語の抑揚に美しく寄り添う旋律を模索していた20代前半の滝廉太郎でした。

二人の共同作業によって生まれた『お正月』は、子どもが日常で使う「口語体(言文一致)」で書かれた日本最初のオリジナル童謡群の一つとなりました。西洋音楽の長調の明るさを持ちながら、日本古来の五音音階の情緒を巧みに融合させた滝廉太郎の旋律は、瞬く間に全国の幼児教育現場へと広がっていきました。

斉藤 蓮
著者

斉藤 蓮

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