「勝手にシンドバッド」の冒頭、「砂まじりの茅ヶ崎」から一気に加速する言葉の奔流は、当時の歌謡界に前例のない衝撃をもたらしました。歌詞カードを見ずに初聴で歌詞を完全に把握できた聴衆は、当時の日本にほとんど存在しなかったと報じられています。この独特のスタイルが生まれた背景には、青山学院大学の学生バンドとして活動していた桑田佳祐が直面していた、極めて切実な音楽的命題がありました。
桑田佳祐本人の証言や当時の制作記録によると、この曲は最初から完成された日本語詞として書かれたわけではありません。スティーヴィー・ワンダーやリトル・フィート、サンタナといった洋楽に傾倒していた桑田は、メロディを着想した際、デタラメな英語(スキャット)で歌いながらリズムの骨格を作っていました。これが語り草となっている勝手にシンドバッド誕生秘話の原点です。
当時の邦楽界では「日本語は母音(a, i, u, e, o)が強く、ロックやサンバの跳ねるリズムに乗らない」という「日本語ロック論争」が長く続いていました。桑田はその壁を打破すべく、日本語の単語を意図的に英語のイントネーションや子音重視の発音へと変形させたのです。「ラララ…」と流すのではなく、日本語の語彙を音節の細かな隙間に詰め込み、リズム楽器の一部として機能させました。単なる言葉遊びではなく、洋楽のビート感を損なわずに日本語を歌い切るための高度な言語的発明でした。