本作の最大の謎であり、物語を駆動させるエンジンとなっているのが、ヒロイン・雪枝彩女の過去です。何不自由ないセレブ生活を送っているように見えた彼女が、なぜ赤の他人である強盗犯と共に心中する道を選ぼうとしたのでしょうか。
その背景には、夫である小説家・北野武宏からの長期にわたる精神的抑圧と、自尊心の完全な喪失がありました。かつて文学を志していた彩女は、武宏の創作活動を支える過程で、夫のゴーストライターのような役割を強いられ、自らの才能とアイデンティティをすり潰されていきます。
武宏は世間的な名声を手に入れる一方で、彩女を一個の人間としてではなく「美しい道具」として支配し続けました。外の世界との接触を絶たれ、感情を押し殺して生きるうちに、彩女の内面は文字通り「冷たい雪女」のように凍りついてしまったのです。死を覚悟した北の突入は、彩女にとって恐怖ではなく、自らの人生を終わらせるための「都合の良いトリガー」に過ぎませんでした。