1991年7月に開館した石原裕次郎記念館は、裕次郎さんが幼少期を過ごした小樽の港を一望する小樽築港エリアに建設されました。約26年間の累計来館者数は1800万人以上に達し、小樽観光の起爆剤として経済波及効果をもたらし続けました。しかし2017年8月31日、惜しまれながら完全閉館となりました。
閉館の引き金となった第一の理由は、海沿いの立地による深刻な塩害と耐震基準の問題です。日本海からの潮風を真正面に受ける過酷な環境下で、鉄骨の腐食や外壁の劣化が進行。2010年代半ばに行われた耐震診断において、大規模な耐震改修工事が不可欠であると判明しました。改修には億単位の巨額費用が見込まれる一方、建物自体の寿命も限界に近づいていました。
第二の理由は、来館者数の構造的な減少とファン層の高齢化です。開館当初は年間100万人以上を記録していた入館者数は、晩年には年10万人台前後にまで落ち込んでいました。昭和歌謡や日活アクション映画、テレビドラマ『西武警察』をリアルタイムで体験した世代が70代〜80代を迎え、北海道・小樽まで足を運ぶこと自体が身体的に困難になっていたという現実があります。
そして最大の決定打となったのが、石原プロモーション会長(当時)であり裕次郎さんの妻である石原まき子さんの決断でした。まき子夫人は当時の記者会見で「裕次郎の思い出を傷つけず、建物が安全であるうちに、皆様に感謝を伝えて幕を引きたい」と胸中を語りました。単なる経営不振による撤退ではなく、「晩節を汚さないための美しい幕引き」を選択したのです。