落合恵子さんのキャリアの出発点は、1967年に明治大学文学部英文学科を卒業後に入社した文化放送でした。アナウンサーとして配属された彼女は、深夜放送の草分け的番組『セイ!ヤング』のパーソナリティに抜擢されます。「レモンちゃん」の愛称で親しまれ、甘く透明感のある声と、リスナーの悩みに真摯に寄り添う語り口で深夜ラジオ界のトップスターとなりました。当時、局宛てに届くファンレターの数は連日段ボール箱数十箱分に及んだと伝えられています。
しかし、人気の絶頂期であった1974年、落合さんは周囲の引き留めを断って文化放送を退社します。自らの言葉で社会や生き方を表現したいという強い意志から作家活動へ本格的に舵を切りました。処女作となった小説『スプーン一杯の幸せ』はベストセラーを記録し、映画化されるなど社会現象を巻き起こしました。
さらに1976年、落合さんは31歳という若さで、女性と子どものための視点を掲げた総合書店兼オーガニック関連ショップ「クレヨンハウス」を東京・表参道に設立します。当時としては極めて先駆的だった「ジェンダー平等」「子どもの権利」「有機食品の普及」を提唱し、文化人・社会活動家としての確固たる地位を築き上げました。