完成した詞を精読すると、一般的な童謡の定型からは逸脱した言葉選びが際立ちます。特に議論を呼ぶのが「血潮(ちしお)」という生々しい生理的語句と、愛玩動物ではない「ミミズ」「オケラ」「アメンボ」の登場です。
童謡において「血」という単語は忌避されがちな表現でした。しかし、やなせはこの語句を絶対に譲りませんでした。そこには第二次世界大戦中、中国戦線で経験した極限の飢餓と、海軍予備学生として特攻で戦死した最愛の弟・千尋(ちひろ)への追悼、そして「死の気配」を知り尽くした彼ならではの生死観が横たわっています。生きているとは単なる観念ではなく、肉体の中に温かい血が流れているという物理的な事実そのものであるという、実存的な哲学の吐露でした。
また、登場する生き物が小鳥や子犬ではなく、地を這うミミズやオケラである点にも明確な意図が込められています。やなせは生前、次のような趣旨の言葉を遺しています。「ミミズもオケラも、人間から見れば気味が悪いと嫌われる存在かもしれない。しかし、命の重さに序列はない。人間も虫も、太陽の光の下ではまったく同じように生きている仲間なんだ」。この底辺に這いつくばる小さな命への温かな眼差しこそ、後の作品群に通底するヒューマニズムの結晶でした。