これほど長い歴史を持つ二大文学賞ですが、「芥川賞と直木賞を両方とも受賞した作家」は歴代で1人も存在しません。同時受賞はもちろん、時期をずらして両方を制覇したダブル受賞者すらゼロです。
その理由は、日本の文壇におけるキャリアパスの構造にあります。芥川賞を受賞した作家は、その時点で「すでに文壇で名を成したプロの純文学作家」として扱われます。その後、仮にエンターテインメント性の高い長編小説を執筆して大ヒットを飛ばしたとしても、直木賞の選考対象から外れるか、あるいは「すでに芥川賞作家である」という文脈から選考のハードルが極端に上がってしまうのです。
逆もまた然りで、直木賞を受賞した中堅・ベテラン作家が純文学的な短編を書いたとしても、新人賞の性質を持つ芥川賞の候補に挙がることは制度上あり得ません。
極めて近い例として語られるのが松本清張です。松本清張は1953年に『或る「小倉日記」伝』で第28回芥川賞を受賞して文壇デビューを果たしました。その後、社会派推理小説の開拓者として大衆小説界の頂点に君臨しましたが、直木賞を受賞したわけではありません(松本清張は後に直木賞の選考委員を務めています)。このように、作家がどちらのルートから世に出るかによって道が分かれるため、両賞の制覇は事実上不可能な構造となっています。