では、そもそもなぜ「六枚」でなければならなかったのでしょうか。その理由は、仏教の根本思想である「六道輪廻(ろくどうりんね)」と、真田家のルーツである信濃の名族「海野(うんの)氏」の歴史に深く結びついています。
仏教では、生きとし生けるすべての生命は、生前の業(行い)によって以下の6つの世界を生まれ変わり続けると考えられていました。
- 地獄道(じごくどう):生前に重い罪を犯した者が激しい苦痛を受け続ける世界
- 餓鬼道(がきどう):常に飢えと渇きに苛まれる世界
- 畜生道(ちくしょうどう):弱肉強食の本能に支配され苦しむ世界
- 修羅道(しゅらどう):果てしない争いと闘争に明け暮れる世界
- 人間道(にんげんどう):苦しみと喜びが入り混じる我々の住む世界
- 天道(てんどう):快楽に満ちているが、やがて寿命を迎える迷いの世界
この6つの苦しみの世界それぞれにおいて、衆生を救済してくださるのが「六地蔵(ろくじぞう)」です。三途の川の渡し賃である六文は、六地蔵へ奉納する冥加金でもありました。真田家の祖先である海野氏はこの信仰を深く重んじ、戦乱の世で一族がどの世界へ堕ちようとも救済されるよう願いを込めて六文銭を家紋に採用したと伝えられています。