エホバの証人の名を社会に決定的に認知させたのが、医療現場における「輸血拒否」です。この頑なな姿勢は単なる伝統ではなく、聖書の記述(創世記や使徒言行録にある「血を避けなさい」「血を食べてはならない」という戒め)を極めて文字通りに適用した結果生じています。
教団側は全血輸血のみならず、赤血球、白血球、血小板、血漿という血液の4大主要成分の投与を禁忌としています。信者は常に「医療指示書(免責証書)」を携帯し、意識不明の重体であっても「たとえ生命の危機に瀕しても絶対に輸血を拒絶する」旨の意思表示を義務づけられてきました。
医療法学の観点において転換点となったのが、2000年に確定した「エホバの証人輸血拒否事件」の最高裁判所判決です。最高裁は「患者自身の医療に対する自己決定権は人格権として尊重されるべき」と判断し、無断で輸血を行った医師側の説明義務違反を認めました。しかしこの判例はあくまで「成人の自己決定」を巡る司法判断であり、自らの判断能力を持たない未成年の子どもに対する親の輸血拒否は、現在では明確に児童虐待(ネグレクト・生命の危機)として社会的に厳密な介入対象となっています。
輸血拒否以外にも、信者の生活には一般的な社会通念から大きくかけ離れた禁止事項一覧が存在します。
【エホバの証人における主な禁止・忌避事項】
- 輸血および血液製剤の受容:主要4成分の注入を拒み、無輸血治療を要求する。
- 政治的中立の絶対視:選挙での投票、立候補、特定の政党支持を一切行わない。
- 兵役・格闘技の禁止:武器を取る訓練や自衛隊への入隊、柔道・剣道・空手など武道への参加を拒否する。
- 国旗・国歌への礼意の拒絶:国旗敬礼や国歌斉唱を「国家への偶像崇拝」と見なす(過去には体育の授業で格闘技を拒絶した高校生が退学処分となり、最高裁で勝訴した「神戸高専事件」も発生)。
- 異教由来とされる祝祭日の禁止:誕生日、クリスマス、ハロウィン、正月、母の日などの祝祭を一切祝わない。
- 過度な世俗教育への警戒:大学進学など高等教育を受けることは「ハルマゲドン前の残された貴重な時間を浪費し、霊性を損なう危険がある」として消極的に扱われる。
- 信者以外(世の人)との親密な交友:信仰を持たない同級生や同僚との深い付き合いを制限され、婚姻相手は原則として信者同士に限定される。
信者にとっては「神への忠誠を示すための神聖な規律」である一方、世間一般から見れば著しく閉鎖的で、個人の自由を束縛する過酷な生活規範として映るため、ネット上などで「やばい」と形容される主たる要因となっています。