学術機関でも失敗続きだった繁殖を、なぜ中学生のさかなクンが成功させることができたのか。その最大の理由は、専門家が思いもよらなかった驚きの飼育秘話と、さかなクンならではの生物への純粋な慈しみにありました。2017年に放送された日本テレビ系バラエティ番組『しゃべくり007』や数々のトーク番組、自著『さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜』のなかで、本人はその舞台裏を次のように明かしています。
「学校の小さな水槽に入れっぱなしではカブトガニが狭くて可哀想だと思い、放課後になると水槽から出して理科室の床の上をトコトコと散歩させていたんです」
この一見すると無邪気な思いつきこそが、さかなクンのカブトガニ成功の理由を解き明かす決定打でした。カブトガニは本来、大潮の満潮時に干潟の砂浜へ這い上がり、産卵を行う習性を持っています。乾燥と湿潤、水圧の変化、陸上での歩行といった適度な負荷が繁殖行動のスイッチを入れる重要な生態学的刺激となります。閉鎖的な水槽内だけで管理されていた専門機関の水槽とは異なり、さかなクンが「散歩」をさせたことで、偶然にも自然界の干潟における潮の満ち引き(干満の刺激)が完璧にシミュレートされたのです。
もちろん、散歩だけが要因ではありません。水温の細やかなチェック、底砂のわずかな汚れを見逃さない毎日の水換え、そして何時間も水槽の前に座り込んで個体の微小な変化を記録し続けた驚異的な観察力がありました。知識先行の学者には決して真似できない「生き物の立場に立った現場対応」が、学術的なブレイクスルーをもたらしたのです。