では、なぜ多くの場合は左肩に痛みが生じ、特定の条件下で右肩へとシグナルが飛ぶのでしょうか。その違いを決定づけているのは、「虚血に陥った心臓の部位」と「心臓を取り巻く血管・自律神経の解剖学的走行」です。
左心室の広範囲を灌流する「左冠動脈前下行枝(LAD)」や「回旋枝(LCx)」が閉塞した場合、心筋の左側および前壁・側壁が激しいダメージを受けます。ここから発せられる痛覚シグナルは主に左側の交感神経幹を経て左側胸髄へ入力するため、左前胸部から左肩、左腕の内側へと痛みが放散します。心臓のポンプ機能の主役である左室が左側に偏っていることが、左肩の痛みが圧倒的に多い解剖学的理由です。
対照的に、右肩に痛みが現れる典型的なパターンは次の2点に集約されます。
第一に、右冠動脈(RCA)が閉塞して生じる「心臓下壁・後壁の心筋梗塞」です。心臓の底面(横隔膜に接する側)や右室に虚血が及ぶと、右側の心臓神経叢や右交感神経幹を介して右側の脊髄後角へ強い刺激が伝達されます。その結果、左肩ではなく「右肩から右頸部、あるいはみぞおち」に重い絞扼感(こうやくかん)が生じるのです。
第二に、「横隔神経(C3〜C5)」の興奮による波及です。心臓下壁の虚血や炎症が心膜や横隔膜近傍を刺激すると、横隔膜の感覚を担う横隔神経が強く刺激されます。横隔神経の根部(第3〜第5頸髄)は、肩の頂部や鎖骨周囲の感覚を担う鎖骨上神経と同じ領域に位置しているため、右側の横隔面が刺激された場合、右肩の先端から首筋にかけて鋭い痛みが突き抜けるように現れます。右肩の痛みは例外的なエラーではなく、虚血部位の解剖学的必然性によって引き起こされていると言えます。