単なる政治的理由だけでなく、志村けん さんま 共演が少なかった理由には、二人が極めた「お笑いの文法」の根本的な違いが存在します。お笑い評論家や番組演出家が指摘するように、志村さんとさんまさんは、同じ「笑い」という山を登りながら、正反対のルートを選択した表現者でした。
志村けんさんのコントは、極限まで計算し尽くされた「総合芸術」でした。音楽のタイミング、照明、小道具の仕掛け、数センチ単位の間合い、そして何度も重ねる稽古。自著やインタビューでも語られている通り、志村さんは「予定調和の中にこそ至高の笑いがある」という信念を持ち、ドリフ時代から続く緻密な演出論を生涯崩しませんでした。『バカ殿様』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』に見られるように、舞台演劇に近い構築美こそが志村さんの真骨頂だったのです。
対する明石家さんまさんは、台本を破壊した瞬間に生まれる「ハプニングと瞬発力の天才」です。フリートークにおいて相手の予期せぬ一言を拾い上げ、その場で爆発的な笑いに転換させるアドリブ力は、テレビの生放送文化とともに磨かれました。さんまさんにとって予定調和は退屈の対象であり、現場の空気と共鳴しながらグルーヴを生み出すライブ感こそが至高の領域でした。
もしこの二人が同じバラエティ番組にレギュラーとして並んだ場合、どうなるでしょうか。志村さんの綿密なコントの世界にさんまさんが飛び込めば持ち前のアドリブが封殺されかねず、逆にさんまさんの高速トーク番組に志村さんが入れば、職人肌の無口な一面を持つ志村さんの良さが消えてしまうリスクがありました。トップランナーゆえに、お互いの芸風が「水と油」であることを誰よりも理解していたからこそ、安易なコラボレーションを避け、それぞれの主戦場で王座を守り続ける道を選んだのです。