少年時代の憧れから始まった応援が、一生涯解けない強固な絆へと変わった決定的な転機があります。それが、1989年に彼を襲った急性骨髄性白血病との過酷な戦いでした。
当時、映画『天と地と』の主演に抜擢され、まさに俳優人生の頂点へ駆け上がろうとしていた29歳の渡辺謙を、突如として重い病魔が襲いました。降板を余儀なくされ、無菌室での抗がん剤治療が続くなか、過酷な副作用と再発への恐怖に押しつぶされそうな日々を救ったのが、ラジオから流れるタイガースの試合中継でした。
報道関係者や当時の手記によると、渡辺謙はベッドの上で小型ラジオに耳を傾け、阪神の一打一投に自らの生命力を重ね合わせていたと語られています。当時の阪神タイガースは、1985年の日本一以降、いわゆる「暗黒時代」へと突入していく過渡期にあり、決して強いチームではありませんでした。しかし、どれほど負けが込んでも泥臭く次の塁を狙い、泥だらけになって白球を追う選手たちの姿が、絶望の淵にあった彼に「明日も生き抜く勇気」を与え続けたのです。
「タイガースが戦っているのだから、自分もこの病気から逃げるわけにはいかない」――。まさに生きる希望を分かち合った戦友としての感情が芽生えたからこそ、渡辺謙にとって阪神は単なる娯楽のスポーツチームではなく、人生そのものを支えた恩人とも言える存在になりました。