徳川家康の墓は日光と久能山どっち?遺骨の所在と移葬の謎を徹底検証についての最新情報をお届けします。
家康の墓を語る上で欠かせないのが、静岡の「久能山」と栃木の「日光」という2つの東照宮です。それぞれどのような構造を持ち、どのような役割を果たしているのか、客観的なデータと特徴を比較検証します。
霊廟・寺院名墓所の名称・形態歴史的背景と埋葬の伝承歴史専門家・編集部の評価久能山東照宮
(静岡県静岡市)久能山東照宮 神廟
(高さ約5.5mの石塔)死去当夜に遺骸を埋葬。神廟は西(京都・西国)を向いて鎮座している。物理的な遺骸がそのまま眠っている可能性が極めて高い本初たる霊地。日光東照宮
(栃木県日光市)日光東照宮 奥社宝塔
(鋳抜銅製の円筒型宝塔)元和3年、一周忌に天海の手により日光へ遷座。『徳川実紀』等では改葬と記録。東照大権現としての神霊の本体が宿る国家最高峰の宗教的中心地。高野山奥之院
(和歌山県高野町)徳川家霊台・五輪塔真言密教の聖地に建てられた供養墓。初代・家康と2代・秀忠の壮麗な霊屋が並ぶ。遺骨ではなく供養を主目的とした霊廟。天下人の権威を仏教界の頂点に示す役割。大樹寺
(愛知県岡崎市)松平家・徳川歴代等身大位牌・墓碑松平家の菩提寺。「厭離穢土 欣求浄土」の言葉を授かった家康再起の地。徳川将軍家のルーツを守る精神的支柱。臨終の遺言に従い位牌が安置された。