多くの読者が抱く「なぜ学校図書室から締め出されそうになったのか」という疑問の核心は、実は一般に広く知られる原爆被害の場面だけにとどまりません。抗議や陳情の直接のターゲットとなったのは、物語の後半に登場するアジア・太平洋戦争下における旧日本軍の過激描写でした。
1973年に『週刊少年ジャンプ』で連載が始まった当初は、主に広島での被爆前後の生活と惨状が描かれていました。しかし掲載誌を『市民』『文化評論』『教育評論』と移すにつれ、中沢啓治氏は「戦争を引き起こした根本原因と加害責任」に深く踏み込んでいきます。その中で描かれた、捕虜への残虐行為や民間人への弾圧を描いた凄惨なコマが、後年になって政治的・教育的な対立軸へと発展していったのです。
表現の自由を守る立場からは「戦争の生々しい真実を覆い隠してはならない」と強く支持された一方、一部の保護者や市民運動からは「小中学生の発達段階において刺激が強すぎる」「歴史認識が一方的である」との批判が寄せられました。教育現場が板挟みとなり、子どもたちにどこまで過酷な現実を見せるべきかという教育的境界線の問題が噴出したといえます。