本作を深く理解する上で欠かせないのが、1830年7月にパリで起きたフランス7月革命(栄光の3日間)の存在です。しばしばルイ16世やマリー・アントワネットが処刑された1789年のフランス革命と混同されますが、本作が描いているのはそれから約40年後、ナポレオン失脚後の王政復古期に起きた市民革命です。
当時の国王シャルル10世は、絶対王政への逆行を目論み、議会の解散や出版・言論の自由を停止する勅令を発布。これに激怒したパリ市民は1830年7月27日から29日のわずか3日間で街中にバリケードを築き、軍隊と衝突して王を退位へと追い込みました。
当時32歳だったドラクロワ自身は、この戦闘に直接銃を取って参加したわけではありませんでした。名門外交官の家に生まれ、ブルジョワジーの気質を持っていた彼は、街を焼き尽くす暴力と混沌に恐怖を感じつつも、自由を希求する人々のエネルギーに激しく胸を揺さぶられました。1830年10月12日、兄シャルル=アンリに宛てた書簡の中で、ドラクロワは自らの創作動機を次のように吐露しています。
「私は祖国のために戦うことはできませんでした。しかし、少なくとも祖国のために絵を描くことはできるはずです」
この言葉が示す通り、本作は単なるドキュメンタリー絵画ではなく、自らの筆を武器として変革の闘争に身を投じたドラクロワの熱狂と贖罪の記録でした。激しい筆致、鮮烈な明暗のコントラスト、感情を揺さぶるダイナミズムを重視するロマン主義美術の金字塔は、こうした画家の切実な情熱から生み出されたのです。