出会いからしばらくは純粋な仕事仲間・先輩後輩の距離感を保っていた2人ですが、その関係を劇的に変えたのが、1981年春に訪れた竹内まりやの活動休止でした。
デビュー直後から「才色兼備の女子大生アイドル歌手」としてテレビ出演、雑誌取材、CMタイアップ、過酷な全国ツアーに追われた彼女は、過密スケジュールによって重度の声帯炎と心身の疲弊に直面します。自身の目指す音楽とアイドル的消費のギャップに苦しんだ竹内まりやは、休養を決意して半年間の入院および音楽活動の全面停止を宣言しました。
このどん底の時期に、親身になって相談に乗り続けたのが山下達郎でした。業界の商業主義から距離を置き、自身の信念を貫いて音楽を作り続けていた達郎は、電話越しに彼女の不安や葛藤に耳を傾け、音楽家としての自立を促す助言を送り続けました。夜な夜な交わされた音楽談義と人生相談のなかで、2人の距離は急速に縮まっていきます。
関係者の証言によると、交際期間は約1年から2年。活動休止期間中に竹内まりやが達郎のマンションに身を寄せる形で同棲生活がスタートし、公私ともにかけがえのないパートナーへと発展していきました。華やかな芸能界の喧騒から離れ、2人で静かにレコードを聴き、料理を作り、音楽の未来を語り合う時間が、二人の愛を確固たるものに育て上げたのです。