「あんたのバラード」のメガヒット以降、「宿無し」「銃爪(ひきがね)」「燃えろいい女」と立て続けに大ヒットを連発したツイストは、名実ともに日本のトップバンドへ登りつめました。しかし、栄光の影でバンドの歯車は確実に軋み始めていました。
当時の報道や後年のメンバー証言が物語るツイストの解散理由は、大きく分けて3つの要因が複雑に絡み合っていました。
第1に、「本格派ロックバンド」としての音楽的矜持と「アイドル的人気」との埋めがたい乖離です。世良公則の端正なルックスと過激なアクションは熱狂的な女性ファンを生み、ライブ会場は黄色い歓声で埋め尽くされました。しかし、演奏の細部を聴いてもらえないフラストレーションは、バンドにとって深刻な苦悩となっていました。
第2に、過密を極めたスケジュールによる肉体的・精神的疲弊です。年間100本を超えるコンサートツアーと頻繁なテレビ収録、CMタイアップへの追従は、メンバーから創作とリハーサルの時間を容赦なく奪っていきました。
第3に、メンバー間の音楽的方向性の違いと脱退劇です。音楽的ルーツの差異が顕在化し、オリジナルメンバーの脱退が相次いだことで、バンドとしての強固な結束力に変化が生じました。こうしてツイストは、デビューからわずか4年足らずの1981年12月、絶頂の余韻を残したまま鮮烈に解散を発表しました。世良公則はその後、ソロアーティストとしての道を選ぶとともに、俳優としても才能を開花させ、独自のキャリアを切り拓くことになります。