アザラシといえば広大な海洋や流氷の上で暮らすイメージが一般的ですが、バイカルアザラシはユーラシア大陸中央部のバイカル湖の固有種として孤立した生態系を築いています。海への出口を持たない淡水湖で繁栄している背景には、第四紀の氷河時代における劇的な地球環境の変動が存在します。
古生物学および分子系統樹解析の研究データによると、バイカルアザラシの直接の祖先は北極海周辺に生息していたワモンアザラシの近縁種とされています。かつて大規模な氷床の前進と後退が繰り返された際、エニセイ川などの河川系が氷によって堰き止められ、巨大な淡水回廊が形成されました。この水路を伝って祖先が内陸深くのバイカル湖へ遡上し、その後の氷河の後退に伴って湖に取り残されたと考えられています。
塩分濃度がほぼゼロに近い淡水環境、冬には水面全体が1メートル以上の厚い氷に覆われる閉鎖空間の中で、彼らは淡水魚を効率よく捕食し、氷の隙間に呼吸穴(ブローホール)を維持する独自の生存戦略を獲得しました。数百万年に及ぶ適応進化の末、浸透圧調節能力を含めた完全な淡水適応を果たしたのです。