ひろしま美術館が誇る屈指の至宝といえば、ゴッホが命を絶つ直前のオーヴェール=シュル=オワーズで描いた『ドービニーの庭』だ。緑が生い茂る庭園を描いたこの構図には、美術史家たちを惹きつけてやまないミステリーが横たわっている。
同じ構図で描かれた別の作品に存在していた「黒猫」が、なぜこのキャンバスでは消し去られているのか。キャンバスの地肌を近距離で凝視すると、草むらの中にわずかな筆の迷いと、激動の精神状態にあった画家の荒い息づかいが伝わってくる。自らの命を削りながら描いたとされるこの作品の前に立つと、単なる鑑賞を超えた畏怖の念すら覚える。訪れる者を圧倒し続ける理由の一端が、まさにこの絵の具の層に封じ込められているのだ。