なぜゴータマ・シッダールタは、将来の王位や美しい妻ヤソーダラー、生まれたばかりの愛息ラーフラを置いてまで出家しなければならなかったのでしょうか。単なる「宮殿の退屈さ」や「世間知らずの気まぐれ」では到底説明がつかない、人間心理の深い葛藤が存在していました。
仏教学および心理学的な観点から分析すると、シッダールタの出家理由は「実存的危機(自分という存在の有限性に対する激しい苦悩)」に対する根本的な答えを求める行動でした。宮殿内の贅沢や快楽は、老病死という確実な未来の前では「死刑囚に与えられる豪華な最後の食事」に過ぎないと感じられたのです。どれほど富を築き、軍事力を誇示しても、人は老いて衰え、病に倒れ、最後は冷たい骸(むくろ)となる――この避けられない無常の真理に直面したとき、世俗の栄華はすべて色あせて見えました。
当時のインド社会では、支配者層(クシャトリヤ)が領土拡大や権力闘争に明け暮れていました。カピラ城の釈迦族もまた、大国コーサラ国などの脅威に常にさらされていた政治的緊張期にありました。シッダールタは、自らが王として国を治めたところで、他国との戦争や権力争いという新たな苦しみを生み出すだけであり、人間が抱える根本的な孤独や死の恐怖は解決できないことを見抜いていたのです。
自らの苦悩を癒やすためだけでなく、「老病死に苦しむすべての生きとし生けるものを救う普遍的な真理を見つけ出す」という強烈な使命感が、29歳の青年に城壁を飛び越えさせました。愛馬カンタカにまたがり、真夜中にカピラ城を抜け出したこの脱出劇は、仏教史上「踰城出家(ゆじょうしゅっけ)」と呼ばれ、人類史における偉大な探求の幕開けとなりました。