官僚としてのキャリアが絶頂期にあった頃、彼女の私生活もまた世間の注目の的となった。後に東京都知事となる舛添要一氏との結婚、そしてその後の離婚劇は、連日のようにワイドショーや週刊誌を賑わせた。
だが、彼女の本質はそうしたプライベートの喧噪で陰るような生易しいものではない。官僚組織という「内側の権力」を捨て、自ら選挙区へと飛び込み、国民の直接信託を受ける政治家への道を選んだ。幾度もの苛烈な選挙戦、落選の憂き目、政局の波乱を経験しながらも、彼女は常に泥臭く前へ進み続けた。
エリート官僚出身者の中には、政治の泥臭さに嫌気がさして消えていく者も少なくない。しかし彼女は、権力闘争の渦中でも持ち前の知的体力とタフネスを発揮し、自らの足で永田町における独自の地位を築き上げていったのである。