掛布雅之の現在と監督未就任の真相|借金騒動と岡田彰布との絆

掛布雅之の現在と監督未就任の真相|借金騒動と岡田彰布との絆

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1973年ドラフト6位という下位指名で習志野高校から阪神タイガースへ入団した掛布雅之氏。猛練習の末に1年目からレギュラーを掴み取り、やがて球界を代表するスラッガーへと上り詰めました。

通算成績は1625試合出場、1656安打、349本塁打、1019打点、通算打率.292。本塁打王を3度(1979年、1982年、1984年)、打点王を1度(1982年)獲得し、三塁手としてのベストナイン7回、ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)6回選出と、攻守両面で圧倒的な輝きを放ちました。

その名を不滅のものとしたのが、1985年4月17日の対巨人戦(甲子園球場)で見せた「バックスクリーン3連発」です。巨人のエース・槙原寛己投手から、3番バース、4番掛布、5番岡田が放った3者連続本塁打は、21年ぶりのリーグ優勝と球団史上初の日本一への号砲となりました。美しい放物線を描く掛布氏の打撃フォームは、今なお「甲子園の浜風を味方につけた理想のホームランアーティスト」として語り継がれています。

しかし、その栄光の代償は過酷でした。1986年の死球による左手首骨折を皮切りに、腰痛や肩の故障が相次ぎ、満身創痍となった掛布氏は1988年、わずか33歳の若さで現役引退を決断。「ファンが思い描くミスタータイガース・掛布雅之の姿をお見せできなくなった」という美学に基づく引き際は、全国の虎党に深い惜別の念を刻みました。

吉田 誠
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吉田 誠

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