真光系教団の有名人を語る上で避けて通れないのが、教団の分裂史と両者の規模の違いです。もともとは元陸軍航空兵の岡田光玉(おかだ こうたま、本名:良一)が1959年に立教した組織が原点ですが、1974年の岡田光玉の死去に伴い、後継者を巡る激しい法廷闘争と分裂劇が発生しました。
初代教団の役員側を率いた関口榮氏が継承したのが世界真光文明教団であり、岡田光玉の養女であった岡田恵珠(けいしゅ)氏が設立したのが崇教真光です。この分裂劇の結果、現在に至る教団規模や社会的露出度には大きな差が生じています。
表から明らかなように、政界やメディアで大きく取り上げられる「大物政治家の式典出席」や「海外著名人の来訪」のほとんどは、規模の大きい崇教真光側の出来事です。世界真光文明教団は伊豆の地を聖地として守る姿勢が強く、全国的な政治闘争や派手なタレント広告とは一線を画してきた経緯があります。この構造の違いを知らないままネット検索を行うと、両者の情報が混ざり合い、誤った有名人リストが生成される原因となります。