初心者がマティーニを飲む際に最も警戒すべき要素が、マティーニ度数の高さです。カクテルグラスの優雅な佇まいに惑わされがちですが、氷でステアされて加水される分を差し引いても、仕上がり度数は平均して約35度前後に達します。これは一般的な缶チューハイ(5〜7%)の約5〜7倍、ワイン(12〜14%)の約3倍に匹敵する数値です。ショートカクテル用のグラス1杯(約60〜75ml)を一気に飲み干すことは、ウイスキーのダブルをストレートで煽るのに近いアルコール負荷を肝臓にかけることを意味します。
この強烈なアルコール感を左右するのが、時代とともに過激な変遷を辿ってきたマティーニレシピの配合比率です。
黄金比の歴史:甘口から「極限の辛口(エクストラ・ドライ)」へ
19世紀後半の誕生初期、マティーニは甘口ベルモットを使用し、比率も1:1や2:1といったマイルドなものでした。しかし、20世紀半ばからアメリカを中心に「より辛口に、よりドライに」というブームが加速します。
- 伝統的スタンダード(Classic):ドライジン 3〜4 : ドライベルモット 1
- 現代の主流(Dry Martini):ドライジン 5 : ドライベルモット 1
- エクストラ・ドライ(Extra Dry):ドライジン 7〜10 : ドライベルモット 1(またはベルモットでグラスをリンスし、酒を捨ててジンだけを注ぐイン&アウト方式)
このドライ化競争の極致として有名なのが、第61・63代英首相ウィンストン・チャーチルの逸話です。チャーチルは「ベルモットのボトルを横目に眺めながら、氷で冷やしたジンを飲んだ」と伝えられ、小説家アーネスト・ヘミングウェイも「モンゴメリー将軍が敵に対して15対1の戦力差を求めたように、私のマティーニも15対1でなければならない」と豪語しました。国家の命運を背負うタフな指導者や孤高の表現者たちが、自らの精神を研ぎ澄ますための儀式として、極限までベルモットを削ぎ落としたマティーニを求めたのです。
ただし、2020年代以降のクラフトジンブームを経た現在のバーシーンでは、単に辛口を競う時代は終焉を迎えつつあります。多種多様なボタニカル(香味植物)を活かしたジンが増えたことで、ジンとベルモット双方が持つハーブ香を調和させ、計算し尽くされたバランスの美を味わう原点回帰のスタイルが国際的な評価を集めています。