インターネット上の言説では「メンバー同士の深刻な確執によって突然解散した」「放送禁止によって活動不能に追い込まれた」といった短絡的な見解が散見されます。しかし、関係者の自著や後年の証言を精査すると、その実態はより構造的かつ必然的な表現者たちの分岐点であったことが分かります。
スネークマンショーは最初から固定化された「お笑いトリオ」ではなく、独立したクリエイターによる先鋭的なプロジェクトでした。プロデューサーの桑原茂一はよりアバンギャルドなクラブカルチャーやアートイベント(後の原宿ピテカントロプス・エレクトスなど)へ傾倒し、小林克也は音楽ジャーナリズムと本格的なDJ活動へ、伊武雅刀は本格派俳優としてのキャリアへと舵を切っていきました。
表現の過激化に伴い、メジャーレコード会社や放送局とのレギュレーション闘争が激化したことは事実ですが、本質的には「3人の強烈な個性が初期衝動を燃やし尽くし、それぞれの主戦場へと羽ばたいた自然な帰結」と解釈するのが実態に即しています。