1970年代初頭、若き大葉はアクション俳優を志し、名優・千葉真一が設立した「ジャパンアクションクラブ(JAC)」の門を叩いた。当時のJACは過酷なトレーニングと徹底した肉体鍛錬で知られ、まさに現代の武道場のごとき緊張感が漂っていた。そこで磨き抜かれたアクロバティックな身のこなしとキレのある殺陣は、すぐさま関係者の目に留まることになる。
彼の才能が開花したのは、東映が手がける特撮番組だった。『バトルフィーバーJ』(1979年)のバトルケニア/曙四郎役、続く『電子戦隊デンジマン』(1980年)のデンジブルー/青梅大五郎役として連続出演。激しい格闘シーンを吹き替えなしで自ら演じ切る姿は、当時の子供たちだけでなく大人たちの心も強く揺さぶった。まさに特撮ヒーローの新たな偶像が誕生した瞬間だった。