女人禁制がなぜ生まれ、なぜ続くのか。宗教学や文化人類学の研究では、その起源には大きく4つの理由が重なっているとされる。①血の穢れに対する不浄観、②仏教の戒律(不邪淫戒)の適用、③仏典に見える女性蔑視思想の影響、④日本の民俗の本質に根差す習俗——だ。
一般には「血の穢れ」だけが理由として語られがちだが、実際はそう単純ではない。特に大峰山の場合、女人禁制の理由は女性を「穢れているから排除する」という発想ではなく、修行の場における「不邪淫戒」の徹底、つまり修行僧が性的な欲を断ち、悟りを開くための環境を守るための掟だったという説が有力だ。実際、奈良時代の仏教界には「女人五障説」などの女性蔑視思想が強く影響しており、女性の成仏を否定する教義が禁制を後押ししたことは否めない。
また、宗教学者の小林奈央子氏の研究によると、女人禁制は単なる女性差別ではなく、日本の民俗社会における「結界(けっかい)」という空間認識と深く結びついている。山は神の住む聖域であり、日常生活の秩序とは異なる「異界」と捉えられてきた。その境界を守るために、性別による峻別が神聖視されたのだ。