怪物のような巨体と圧倒的な膂力から、映画やネットの創作物では「目につく人間を無差別に襲う冷酷なキラー」として描かれがちなコディアックヒグマ。しかし、現地アラスカのガイドや長年フィールドワークを続ける野生生物学者の見解は全く異なります。
実際のアラスカ・コディアック島において、ヒグマによる人身被害は極めて稀です。記録によると、コディアック諸島におけるヒグマの人間襲撃事件は数十年に数回程度であり、死亡事故に至っては極めて限られた特異例に過ぎません。これには明確な生態学的理由があります。島内のヒグマはサケや植物性食料で常に満たされているため、危険を冒して未知の二足歩行生物(人間)を獲物として狙う動機が薄いのです。
現地でヒグマ観察ツアーを率いるベテランガイドの手記には、次のような現場のリアルが記されています。
「川でサケを追うコディアックヒグマは、私たち観光客のグループを完全に視界に入れつつも、まるで景色の一部のように無視して川へ戻っていく。彼らにとって最も価値があるのは脂の乗った魚の頭であり、得体の知れない人間ではない」
とはいえ、遭遇時の危険性と襲撃の真相を正しく知ることは不可欠です。事故が発生するパターンの大半は、「獲物の死体(エサ場)の防衛」「子連れの母グマによる防衛本能」、そして「濃霧や藪の中での至近距離での不意な遭遇(鉢合わせ)」の3つに集約されます。
特に危険なのは、怒りに任せて突進してくる「威嚇突進(ブラフチャージ)」です。猛スピードで突っ込んできて数十センチ手前で急停止し、前足で地面を叩いて唸り声を上げる行動ですが、これにパニックを起こして背中を向け走って逃走すると、捕食スイッチが入り本物の襲撃へと転化します。現地の安全ガイドラインでは、遭遇時は絶対に走らず、腕を広げて体を大きく見せながら低い落ち着いた声で話しかけ、後退することが鉄則とされています。また、熊撃退用のベアスプレー(高濃度カプサイシン製剤)は、銃器よりも命中率・生存率が高い防御手段として必携アイテムに指定されています。