戊辰戦争の処刑と切腹の闇|近藤勇と小栗忠順が斬首された真の理由

戊辰戦争の処刑と切腹の闇|近藤勇と小栗忠順が斬首された真の理由

戊辰戦争の処刑と切腹の闇|近藤勇と小栗忠順が斬首された真の理由の全体像を詳しく解説してご紹介します。

後世の教科書やテレビドラマでは、「明治新政府は近代的な法治国家を目指し、旧幕府の因習を打破した」と描かれがちです。しかし、戊辰戦争期の司法処理を実態検証すると、そこには近代法とは程遠い「私怨と恣意性に満ちた略式処刑」が横行していた事実が浮き彫りになります。

ネット上や俗説でよく見られる「近藤勇は新政府の軍事裁判で正式に有罪判決を受けた」という認識は明白な誤解です。実態は、裁判所による法的手続きなど存在せず、板橋に置かれた総督府の軍監宿舎で数回の詰問が行われたに過ぎません。小栗忠順に至っては、取調調書すら一切作成されず、現場指揮官の独断と薩長幹部の阿吽の呼吸によって川原で首を刎ねられました。

さらに、明治新政府が当時公布した刑法『仮刑律』は、近代西欧の法体系ではなく、中国の明清律や徳川幕府の刑罰を継承した復讐主義的なものでした。政府軍は自らを「正義の官軍」と位置づける一方で、手続き的正義を一切放棄し、敵対勢力の象徴的リーダーを「法の名を借りた私刑」で葬り去ったのです。この生々しい二面性こそ、維新史が長らく覆い隠してきた暗部と言えます。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。